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観光スポット

豊国神社 [ほうこくじんじゃ]

国重要文化財
通称:千畳閣[せんじょうかく]
桁行13間約24m 梁間8間約15m 単層本瓦葺入母屋 木造の大経堂
豊臣秀吉公が、千部経の転読供養をするため天正15年(1587)発願し、安国寺恵瓊[あんこくじえけい]に建立を命じましたが、秀吉の死により未完成のまま現在にいたっています。 明治時代に秀吉公と加藤清正公が祀られ、豊国神社となっています。
入母屋造りの大伽藍で857畳の畳を敷くことができ、軒瓦には金箔が押してあることから完成していれば、さぞや豪華な桃山文化を取り入れた大経堂になっていたと思われます。
また堂内には、大鳥居が明治8年に建替えられた時に使った尺定規があります。
本尊の釈迦如来[しゃかにょらい]・阿難尊者[あなんそんじゃ]・迦葉尊者[かしょうそんじゃ]は、明治維新の神仏分離令のときに大願寺に移されています。
豊国神社 豊国神社

五重塔 [ごじゅうのとう]

国重要文化財

高さ : 27.6m
方 : 3.6m

応永14年(1407)建立
桧皮葺で和様・唐様を融合した見事な建造です。
内部は彩色がしてあり豪華絢爛。内陣の天井には龍が、外陣の天井には葡萄唐草の模様が描かれています。
五重塔
その他壁板には、迦陵頻伽[かりょうびんが]や鳳凰が極彩色で描かれています。特徴の一つに2層目で止まっている心柱があり、風に対して強い構造となっています。
本尊の釈迦如来・普賢菩薩・文殊菩薩は、明治の神仏分離で大願寺へ移されました。
迦陵頻伽[かりょうびんが]:極楽にいて、美しい声で鳴くという想像上の鳥

多宝塔 [たほうとう]

国重要文化財

通称 : 二重の塔
高さ : 15.6m

僧周歓が大永3年(1523)に建立したといわれ、薬師如来像をお祀りしていましたが、明治維新の神仏分離令で大願寺に移され、建物は、現在嚴島神社に帰属しています。
多宝塔
特徴は、外部は純和様で、貫の鼻が拳鼻になっているなど大仏様や台輪など禅宗様も細部に見られます。屋根は方形ですが、下層の屋根には饅頭型の亀腹があるため、上層の柱は円形に配列されています。
また、この辺りは大内氏の勝山館が設けられ、来島の折の滞在場所でした。
厳島合戦時には、陶軍が最初に陣を敷いた場所で「勝山城」の跡でもあります。

清盛神社 [きよもりじんじゃ]

祭神 : 平清盛
昭和29年創建。
清盛公は、清盛神社が創建されるまでは三翁神社にお祀りされていましたが、平清盛公没770年にあたり、清盛公の遺績を称えるとともに霊をお慰めするために建てられました。毎年3月20日に清盛神社祭が行われています。
清盛神社

大元神社 [おおもとじんじゃ]

国重要文化財(御本殿)
祭神 : 国常立尊[くにとこたちのみこと]・大山祇神[おおやまずみのかみ]・保食神[うけもちのかみ]の三神
屋根は杮葺[こけらぶき]六枚重三段葺という日本で唯一ここだけの葺方です。
創建は、嚴島神社よりも古い地主神です。
大元神社

毎年1月20日に百手祭[ももてさい]が行われ、神饌[しんせん]は古い形式を残し、珍しく熟饌[じゅくせん](煮炊きしたもの)である餝飯[ほうはん]をお供えします。

>> 百手祭についてはコチラ

粟島神社 [あわしまじんじゃ]

祭神 : 少彦名命[すくなひこなのみこと]
滝小路にあり、商業・醸造・医薬等の守護神で、諸々の病気平癒、家内安全の神です。
男神ですが女性の守護神で、特に安産の神様として信仰が篤く、5月3日に例祭が行われます。
粟島神社

三翁神社 [さんのうじんじゃ] 山王社

祭神:中央殿に佐伯鞍職・所翁・岩木翁・安徳天皇・二位の尼・大綿津見命、左殿に大巳貴命[おおなむちのみこと]・猿田彦神、右殿に御子内侍竹林内侍・徳寿内侍各祖神。
桃山時代の様式
明治以前は、山王社といわれていました。毎年10月23日にお祭りがあり、舞楽が奉奏されます。
三翁神社

幸神社 [さいわいじんじゃ]

祭神 : 猿田彦大神 道祖神社(牛王社[ゴオウシャ])
幸町にあり、例祭は旧暦8月15日(中秋)に行われます。
道祖神は、旅行安全の守護神・夫婦円満・恋愛の神でもあります。
幸神社