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行事

たのもさん

日時 2016年は9月1日(木) 午後8時から
※毎年旧暦の8月1日に開催。
場所 例祭 紅葉谷公園内 四宮神社
流す場所 : 嚴島神社火焼前・御笠浜・西松原ほか
流す時刻 : 午後8時からのお祓い終了後頃より

たのもさん 宮島は、古来より島全体が“神様”と信じられていたため、昔から土地を耕さぬという信仰のために、農業・工業はもちろん機織りや島内にお稲荷様を祭ることなどが硬く禁じられておりました。明治維新以後は、木を伐りだして土産品の材料にし、その土産品の販売が生活の財源であったため、人々の農作物に対する感謝の念は我々が想像する以上に厚いものがあり、その気持ちを表すため「たのも船」という手製の小船を作り、船内には団子のお人形・おはぎ・果物・さい銭などを乗せて農作物を作っている対岸の大野町のお稲荷様に向けて流しました。
この庶民感情が一つの祭りとなり、町内南町の民俗行事として今日まで継承されております。

旧暦八月八朔(はっさく)の日時については、昔、徳川家康が江戸城に入ったのが旧暦の八月一日でしたから、江戸時代には「八朔の祝儀」が重要な儀式となり、この日に物品の贈答をしてお祝いする風習があり、一般にもこれを倣うようになりました。また農産物の収穫時節や潮の状態・風の方向等を考慮したものと思われます。


たのもさん 船内に乗せる団子人形は、新米の粉で練った三角錐の団子(高さ2cm位)をつくり、頭部には正方形の色紙を折り曲げ、斜めに貼り、深編笠(ふかあみがさ)をかぶせます。
また肩から腋下に細長い色紙を貼り「たすき」としたり、長方形の色紙を縦長に張って「前かけ」として、素朴でかわいい踊り子姿の人形とします。細長い板の上に並べる人形は、家族や親戚の数とし、その左右に団子の犬や胴長の太鼓を置いたり、大吉と書いた幟を立てたりします。
その後には、細い竹を半月形の弓張りに曲げ、和紙を貼り、すすきや満月など秋の景色にふさわしい絵を描きますが、現在は厚紙で代用しております。


たのもさん これらのお人形や果物・さい銭等を乗せた船は、対岸のお稲荷様を慰める踊りに行くための船ですから、金紙や銀紙、また色紙・千代紙等できらびやかな装飾をします。管絃祭の御座船をまねた船が多く、屋形を設け、帆を張り、船の回りには可愛い提灯・幟・旗・かがり火などを飾り付けます。およそ2〜3週間かかって完成させます。


当日の夕方6時頃となると町内の人達は「たのも船」を持って紅葉谷公園内の四宮神社に集まります。境内では「かがり火」や「ちょうちん」の明かりの中、たのも船を展示し、またお互いの船の出来具合を評価しながらお祓いの時刻を待ちます。「たのも船」の福引会が終了すると、家族揃って「たのも船」の前に集まり神官のお祓いを受けます。

たのもさん やがて、午後8時ごろお祓いの済んだ「たのも船」は家族にかかえられ、嚴島神社の火焼前(ひたさき)や御笠浜・西松原の海辺から波静かな大鳥居に向けて流されます。海に浮かぶ「たのも船」は折からの夜風を帆一杯にはらみ、大小さまざまな船の「かがり火」や「ちょうちん」が灯り、大鳥居周辺をゆらりゆらりと海に浮かぶ風景は、日本三景の一つ安芸の宮島にふさわしい民俗行事であり、秋の夜の宮島風物詩となっております。

40年ほど前までは、沖合で待機している対岸大野町の漁船や農家の方々に拾い上げられ、五穀豊穣や大漁の縁起物として田畑の畦などに供え、農作物の豊作や大漁祈願が行われていましたが、現在は廃れてしまいました。