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民話

厳島八景

厳島八景

圭ちゃん
昔、厳島八景いうのがあったんじゃね。
おじいちゃん
おう、あったで。今でもその場所はあるで。圭ちゃんも知っとる場所よ。
八つの場所はあとで教えたるがのう。その前に、何で八景を選んだか?これを先に教えたらにゃいけまいて。
そりゃあのう大願寺さんが関係しとるんじゃ。
室町時代じゃけぇ、470年位前のことじゃが、尊海[そんかい]さんというお坊さんが、大願寺さんにおっちゃってのぉ。一切経[いっさいきょう]いうありがたいお経を捜しに朝鮮へ渡っちゃったんじゃ。ほいで、帰って来ちゃったときに、瀟湘八景図[しょうしょうはっけいず]いうて中国の景色のええところを八ヶ所選んで描いた絵を持ち帰ったんじゃ。
余談じゃが、その絵の裏に尊海さんが朝鮮に渡ったときの日記が書き込んであっての、これが当時の朝鮮のことが詳しう書いてあっての、当時の朝鮮のことがよう分かる資料じゃけぇ、国の重要文化財になっとるんじゃ。
ほいで、話を戻すとの、今から300年位前のことじゃ。
瀟湘八景図に習うて、光明院の恕信[じょしん]さんいうお坊さんらが厳島八景を選んだんじゃ。
西から言うたらの、
 「大元桜花」[おおもとおうか]
 「滝宮水蛍」[たきのみやみずぼたる]
 「社頭明燈」[しゃとうみょうとう]
 「鏡池秋月」[かがみいけしゅうげつ]
 「御笠浜暮雪」[みかさはまぼせつ]
 「谷原麋鹿」[やつがはらびろく]
 「有浦客船」[ありのうらきゃくせん]
 「弥山神鴉」[みせんおがらす]
の八つじゃ。
大元桜花いうな、その頃ぁ大元は桜の名所じゃったんじゃ。今でもちぃたあ綺麗じゃが、明治に入っての、テニスコ−トを造ったり、宮島ホテルができたりして桜も年老いてしもうて切られたんじゃないかと思うんじゃ。ここ二〜三十年前からかの、桜の木を少しづつ植えて増やしよるんじゃ。おじいちゃんも、その内の五本位は植えたかの。
今ぁ、ちぃたぁ見れるようになったが、まだまだ昔の方が綺麗じゃったじゃろうて。
ほいで、滝宮水蛍いうたら、大聖院さんの上に滝宮いうお宮があっての、今ぁ四年前の土石流[どせきりゅう]で流されてしもうて無いんじゃが、また造らにゃいけんいうて神社の偉い人が言いよっちゃったけえ、近いうちにできるじゃろうてぇ。
まあ、そりゃあええ。
白糸の滝を知っとるかいの?
圭ちゃん
弥山に登るときに見たことがあるよ。
細い糸のように水が落ちよるけぇ白糸の滝いうんじゃろ。
おじいちゃん
ほうかの。ほいで、むかしゃ蛍がようけおったらしゅうて、ほいでもって選ばれたんじゃろうて。
社頭明燈いうたら、神社さんの総燈明のことでの、百八燈籠や廻廊の釣り灯籠の全部に火を入れることでの、海に逆さまに映っての、そりゃ綺麗なもんよ。今でもたまにやってじゃが、めった見られん。
ほいで、鏡池秋月[かがみいけしゅうげつ]いうなぁ、神社に潮が引いたら鏡池ができるのを知っとるよのう。
圭ちゃん
うん。宮島の七不思議で康頼さんの話であったよね。
おじいちゃん
おおそうよ。ほいで、その池に秋の満月が映ったのが綺麗じゃいうて選んじゃったんじゃ。
ほいで、御笠浜暮雪いうたら、夕暮れの時に御笠浜に雪が降り積もった景色のことでの、夕方の薄明かりの中、道やら燈籠やら松の木や大鳥居に積もった雪が綺麗じゃ。いうことで選ばれたんじゃ。
ほいで、谷原麋鹿いうなぁ、秋に谷原で鳴く鹿の声のことじゃ。
谷原を知っとるかいの?
圭ちゃん
うぐいす歩道の紅葉谷に近いとこへあるぶんじゃろ。遊びに行ったことがあるよ。
おじいちゃん
ほうよ。おじいちゃんも子どもん時によう遊びに行きよったよ。
今でもじゃが、鹿がよう群れるところじゃっての、秋になったら雄鹿が鳴くんよ。
普段は、めったなことじゃ鹿は鳴かんのじゃが、雄の鹿は、秋になったら角がはえて、男らしゅうて強いことを雌に知らすのに鳴くんよの。
夜、寝よったら聴くことがあろうが?
圭ちゃん
うん。聴いたことがある。
女の人の叫び声か思ぉて飛び起きたことがある。
おじいちゃん
有浦客船いうなぁの、江戸時代の宮島は交易が盛んに行われとっての、有浦の沖にゃ北前船や堺や博多の方からも商人の船が来ての、参拝のお客さんを乗せて来た客船やらでいっぱい船が泊まっとったんじゃ。
今の船たあちごうて木造の帆掛船[ほかけぶね]じゃけぇ、いろんな模様の帆があったりして綺麗じゃったんじゃろうて。ほいで今みたいに家は建っとらんかったし、海岸線は白い砂浜に松がいっぱいはえとったじゃろうし。想像してみんさい。綺麗なかったじゃろうてぃや。
八つ目は、弥山の神鴉さんいうて、神さんが宮島を廻って社[やしろ]を建てる場所を探しちゃった時に夫婦の神鴉さんが案内をされた。いう故事があるのをこないだ宮島の七不思議の養父崎の夫婦の神鴉さんのことを話したよのう。
圭ちゃん
あんときは、団子を咥えて神社の杜に運ばれる。いう話じゃった。
おじいちゃん
ほうじゃったかいのう。
ほいじゃあ、この故事のことはまた話をしたげるわいの。
ほいで、江戸時代に神社に参拝に来ちゃったお客さんはのぉ、宮島に三日から一週間位は最低おっちゃったんじゃ。
神社参拝だけじゃなしに、弥山に上がってから弥山本堂やら三鬼さんにお参りするのも宮島参拝のうちじゃったんよのぉ。
今みたいにロ−プウェ−は無いし、道も今みたいにきれいじゃなかったろうし、弥山参拝いうたら一日がかりじゃったろうのぉ。
ほいで、もう一日は御島廻りをしよったんじゃ。今と違うて、漕ぎ船じゃったろう。夜明けに出発して、丸一日がかりじゃったんじゃ。間にゃ、雨じゃったり、波が高うて船が出せんかった日もあったりで、そいう時にゃ宮島は他に遊ぶこともできたしのう。大元[おおもと]の木比屋谷[きびやだに]の石風呂[いしぶろ]いうて、石を焼いて、その上の海藻を敷いて、筵[むしろ]いうてワラを編んだゴザを敷いて、そこに海水を掛けたら、蒸気がばぁっと出るじゃろう。そうしといてその部屋に入るとのぉ、蒸し風呂ようでのぉ。こりゃ人気があったらしいで。遠くからもわざわざ湯治[とうじ]によう来よっちゃったらしいで。
圭ちゃん
湯治いうなぁ何ねぇ。
おじいちゃん
ほうか湯治を知らんかったか。
湯治いうなぁ、風呂に入って病気を治すことよ。
圭ちゃん
ほんまに治るん。
おじいちゃん
ほんまに治ったけぇ、みんな来よっちゃったんじゃろうよ。
傷した人や、頭痛やら、湿疹かぶれの人やら眼病にも効いたそうな。
ほいから、いろんな買い物もできたじゃろうし、年三回の宮島市[みやじまいち]の時にゃ、歌舞伎やら浄瑠璃[じょうるり]やら大相撲やら見世物小屋やら、ほいでもって富くじいうて、今でいう宝くじを売りよったし。遊女もおったしでの。
圭ちゃん
遊女いうたら何ね?
おじいちゃん
圭ちゃんはまだ知らんでええ。もうちょっと大きいなって教えたる。
ちょっと話が飛んでしもうたが、御島廻りは、参拝客のつきものでの、神鴉さんに出会えることも多かったけぇ。厳島八景に選ばれたんじゃろうよ。
圭ちゃんよ、平成の厳島八景いうたら、どこを選ぶかのぉ?
圭ちゃん
ほうじゃね。
春じゃったら、「多宝塔の桜」かね。
宝蔵の川のそばの、しだれ桜も綺麗なよね。
秋は「もみじ谷の紅葉」じゃね。
おじいちゃん
ほうじゃのう。もみじ谷が、今紅葉を楽しめだしたのは、江戸時代の末頃からじゃけぇのう。
新緑のもみじ谷」もええよのう。
圭ちゃん
冬は、「神社に積もった雪」かね。
おじいちゃん
ほうじゃのう。1年で1回か2回あるかどうか、めったに見られんよのう。
圭ちゃん
ほいで御笠の浜から「大鳥居に沈む夕日」かね。
おじいちゃん
ほうじゃのう。よう外人さんや日本人のアベックさんらが座ってよう見よってよのう。
圭ちゃん
ほいてから、ライトアップじゃね。
おじいちゃん
ほうじゃのう。
大鳥居や社殿なんかが照らし出されて、海に映って綺麗なよのう。百八灯籠にも電気が入って綺麗なよのう。
圭ちゃん
ほいて、「弥山の頂上からの見晴らし」じゃね。
おじいちゃん
ほうじゃのう。大鳥居が眼下に見えて綺麗じゃよのう。360度見渡せるし、瀬戸内海の島々が見えて、天気のええ日にゃ、四国まで見えるよのう。
ほうじゃ。圭ちゃんは、伊藤博文さんを知っとるかのう?
圭ちゃん
ようわからん。教えてぇや。
おじいちゃん
伊藤さんは、初代の内閣総理大臣で山口出身の人じゃ。
ほいで弥山の三鬼さんを信心しよっちゃってのう。弥山の登山道の改修に力を尽くしちゃった人なんじゃ。
ほいで伊藤さんがのう、「日本三景の真価[しんか]は、頂上からの眺めにあり。」いうて、言うとってんじゃ。
頂上から眺めて見にゃぁ日本三景の宮島を見たことにはならん。いうことよのう。
ほいで、あと一つはどこじゃろうかのぉ?
圭ちゃん
ほうじゃねぇ。どこかねぇ?
おじいちゃん
今は、花火じゃないかの?
大鳥居の後ろで水中花火が大きう咲いてから見事なもんよのう。
圭ちゃん
ほうじゃね。花火は本当に綺麗じゃね。1時間しかないけど、よそじゃ見られんよね。
ほうじゃぁありがとう。また教えてぇね。