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民話

宮島の七不思議

宮島の七不思議

おじいちゃん
宮島の七不思議いうのは、いろんな話しがあるんじゃが、江戸時代の末近くに藝藩通志[げいはんつうし]いうて、その頃の安芸の国のことがまとめられた本があっての、その中に宮島の七不思議がでとるけぇ、それを話したろうよ。
養父崎[やぶざき]の「神鴉[おがらす]」さんいうての、毎年5月に御島廻[おしままわ]りいうのがあるのを知っとるかいの?
圭ちゃん
知らん。知らんけえ教えてぇや。
おじいちゃん
御島廻りいうのはの、神社の信者さんが日本中におっちゃっての、5月の15日に集まっての、船に乗って、宮島の七浦巡りいうての、昔、神さんが神社を建てる場所を探しちゃった言う故事[こじ]に習うて神社さんがやりよってんじゃが、この日に参加しょう思うても厳島講に入ってから、申し込んどかにゃだめなんよ。そうじゃなかったら、特別に神社さんにお願いせにゃいけん。こりゃちょっと大きなお金がかかるよの。
圭ちゃん
故事いうたら何ね?
おじいちゃん
ほうか、故事がわからんよのう。
故事いうたらの、昔本当にあった事のことをいうんよ。
ほいじゃ続けるで、宮島の桟橋を出てから時計回りに宮島を廻っての、参拝して廻る神社さんの神事での、途中の養父崎いうところで神主さんが粢[しとぎ]に団子を乗せて海に浮かべるんじゃ。
圭ちゃん
[しとぎ]いうたら何ねぇ?
おじいちゃん
おう、ほうじゃの。粢いうても、神社の人以外は誰も知らんようのう。
粢いうたの、1m四方の小さなイカダのことをいうんじゃ。
ほいで団子いうたらの、米粉を海の水でこねて作る団子のことを言うんじゃ。
ほいてから神主さんが笛を吹いてから祝詞を奏上するんじゃ。
ほいたら夫婦の神鴉さんが養父崎神社の辺から飛んできての、団子を咥えて神社の杜に運ばれるんじゃ。ええときゃこれが3回繰り返されるんじゃ。
こりゃあ今でもある不思議の一つじゃ。
圭ちゃん
へえ〜 今でも本当にあるんね。
ほいで二つ目は?
おじいちゃん
龍灯」いうて、旧正月の夜に、海にようけぇ灯火[ともしび]が現れることをいうんよの。
ほいでこれが一番よう見える場所に杉の大木があっての、これを「龍灯の杉」いうんじゃ。
圭ちゃん
はあ、ほうなんじゃ。
ほいで三つ目は?
おじいちゃん
神馬[しんめ]」じゃのう。
神社の入り口に馬小屋があるじゃろう。
今は造り物の白い馬が置いてあるがのう。おじいちゃんが若い頃にゃ本物の馬が入っとたんじゃ。おじいちゃんが見よる頃はもう白かったがの。初めは、茶色や黒い馬が奉納されての。神社で飼いよるうちにだんだん白うなったんといね。
昔から何回も奉納されてきたんじゃが、みんな真っ白になったんといね。神馬の家廻りいうて、正月七日に神馬を飾って、背中に御幣をつけて、新年の挨拶に家々を廻りよったんじゃ。
圭ちゃん
今は、白い狸がようけおるな〜
ほいでかね。
おじいちゃん
白い鹿はおらんよのぅ。白い鹿ならお客さんもいっぱい見に来てじゃろうにの。
圭ちゃん
四つ目は?
おじいちゃん
弥山の松明[たいまつ]」いうてのぅ。弥山に火が揺れて見えることがあるんじゃ。人が持つ松明より大きうて赤い火でのぅ。松林の中を飛び交うんじゃ。守護神の火とも言われとるよのぅ。
圭ちゃん
五つ目は?
おじいちゃん
弥山の拍子木[ひょうしぎ]」いうて、誰もおらん山ん中で真夜中に拍子木の音が聞こえるいうもんじゃ。天狗のしわざじゃろうてぇ。いう話じゃ。
圭ちゃん
六つ目は?
おじいちゃん
みさき」いうての、弥山やら浜での、夕方暗うなりだしたらのぅ、ようけぇの人の声が聞こえるんじゃ。
ほいで、人を呼ぶ声が聞こえたりすんじゃ。弥山の霊の仕業じゃ、いうていうんじゃが?
誰の仕業かのう?
圭ちゃん
ほいで最後の七つ目は?
おじいちゃん
雪の跡」いうての、夜、雪が降った朝方に神社の屋根の上に大きな足跡がついとるいうての、弥山の天狗が下りてきて歩いちゃったんじゃ言うんよ。
圭ちゃん
今でも見れるん?
おじいちゃん
どうかの? 今ごらぁ誰も信じんけぇ。屋根を注意してみることもないよのぉ。
七不思議以外にも不思議な話があるけぇ、なんぼか教えといたろう。
卒塔婆石[そとばいし]いうての、神社の中に今でもあるのを知らんかいの。
圭ちゃん
ようわからん。
おじいちゃん
神社の廻廊を歩きよったら、左側に鏡池が三つあるのを知っとるかいの?
圭ちゃん
知っとるよ。
一つめは、入り口を入って客[まろうど]さんを過ぎたとこで、二つ目が本殿の手前にあって、三つ目が天神さんのとこじゃろ。
おじいちゃん
そうじゃ、その二つ目の池の中に石があるんじゃ。
その石のとこが不思議な伝説なんじゃ。
今の嚴島神社を建てなさった平清盛さんの時代の話しじゃ。
今から七百三十年位前のことじゃ。平家が一番勢いが強うての、「平家にあらずんば人にあらず」という位平家は栄えとったんよの。ほいじゃが、これがおもしろうない人らがおっての。京都の鹿ヶ谷[ししがたに]いうところで坊さんの俊寛[しゅんかん]いう人と藤原成親[なりちか]・成経[なりつね]親子や平康頼さんらが「平家を倒したろうや。」いうて相談しよったんよ。
ほいじゃがこれがばれてしもうての、殺されたり、島流しにされたんよ。ほいで平康頼は薩摩の鬼界ヶ島に流されての、康頼さんは「薩摩潟[さつまがた] 沖の小島に 我ありと 母に告げよ 八重の潮風」いう文字を千本の卒塔婆に彫り込んで流し続けたんといね。ほいたらその内の一本が神社の鏡池の石に流れ着いたんといの。ほいでその卒塔婆が神職さんか内侍[ないし](みこ)さんに拾われて、康頼さんに縁のある坊さんに渡されて、ほいてから、京都の康頼のお母さんのとこまで届けられたんといね。
ほいたら、そのお母さん思いの歌の噂がたちまち京都の中に広まっての、重盛さんがお父さんの清盛さんに「許したろうや。」いうてたのんだんといね。ほいて京都に帰してもろうたんじゃそうな。ほいじゃけえ、厳島大神さまのお陰じゃいうて、康頼さんが奉納した燈籠があるんよ。
その鏡池のすぐ上に康頼燈籠があるけぇ、今度行ったとき、見てみんさい。宮島で一番古い石燈籠じゃけぇ。
圭ちゃん
ふ〜ん すごい話しじゃね。
ほいでまだあるん?
おもしろいけぇ、全部話してや。
おじいちゃん
ほいじゃ多賀江念仏[たがえねんぶつ]の話しをしたろう。
昔は、旧歴の七月十六日・十七日の夜に毎年、厳島踊りをやっとったそうな。厳島踊りがある夜に、近くで戦[いくさ]があっての、伊予の国の多賀江兵衛[たがえひょうえ]いう人が宮島の沖を通りかかっての、島中の人らが踊りよったもんじゃけぇ、これを見た多賀江兵衛が怒っての「戦の最中に踊りよるなぁけしからん。」いうての、宮島ん中で家来と一緒に暴れ回ったそうな。
ほいたら神社の神さんの罰が当たってしもうての、多賀江兵衛の乗った船がひっくり返ったんじゃそうな。
ほいから後[のち]にゃ、毎晩死んだ兵衛の幽霊が沖を通る船に祟りを起こすようになったんといね。
ほいで、兵衛の霊を慰めるために、厳島踊りの夜に、念仏百万遍を唱えるようにしたんじゃそうな。
それが多賀江念仏いうんじゃが、それが変化したのが今踊られよる、宮島踊りなんじゃ。
圭ちゃん
ほいじゃけ、宮島踊りはゆっくした踊りなんじゃね。
おじいちゃん
ほいから、蜃気楼[しんきろう]のことを話したろう。
蜃気楼いうても分からんじゃろうけぇ。教えたるとのう。
めったに見られるもんじゃないんじゃが、だいたい一月か二月頃の寒い日の夜明けにの、海面近くの冷[ひ]やい空気と上空の日が当たる温[ぬく]い空気で温度の差が出るじゃろう。ほいたら、冷やい空気がユラユラとレンズの役割をしてからに、ふだん見えん、遠くの景色やら船がそのユラユラしよる所に映し出されてから、すぐ近くにあるように映って見えることなんじゃが。分かるかの。
圭ちゃん
分かったような。分からんような?
おじいちゃん
ほいで、聖崎[ひじりざき]の蜃気楼いうての、桟橋から広島の方になるんじゃが、杉ノ浦の手前に聖崎いう岬があるんじゃ。
そこにゃ蓬莱岩があって景色がええんじゃ。
春先になったらの、そこに蜃気楼が現れるいう話しじゃ。今でも見た。いう人がおってじゃが、おじいちゃんもまだ見たことない。
ほいじゃがの、聖崎の蓬莱岩にゃ伝説があるんで。
今から二千二百年前かの、中国が秦[しん]いうて言いよった時代じゃ。徐福[じょふく]いう人がおっての。当時の中国を治めとったのは始皇帝[しこうてい]での、秦の国を創った人で、ものすごう権力もお金もあった人なんじゃ。徐福は始皇帝に、ずっと東の海に蓬莱・方丈[ほうじょう]・瀛洲[えいしゅう]という三神山があってから、仙人が住んどって、不老不死の薬があるけぇ。言うて、皇帝の許しをもろうてから日本に薬を捜しに来た。いう話しじゃ。
聖崎の蓬莱岩いう名前が残っとるのは、徐福が宮島にも来た。いうことじゃないかの。日本のあっこっちに徐福が来た。いう伝説が残っとるんじゃが、ほんとかどうか分からんよのぅ〜。
圭ちゃん
ほいじゃが、本当かも分からんよね。
まだある?
おじいちゃん
あるで、猿の口止めいうての、毎年、旧暦の十一月の初申[はつさる]の日に「口止め」の行事があったんよ。
この日だけは島中の家で大きな声をあげたり、大きな音を起てんようにしたんよ。
何でかいうたら、昔、弥山にゃようけ猿がおっての、普段はよう騒ぎよるんじゃが、この日を境にぴたっと騒がんようになったんといね。ほいで年が明けて二月初申がすんだらまた賑[にぎ]やかに鳴き叫びだすんじゃ。という話し。
ほいで、晦日山伏つごもり[やまぶし]じゃ。晦日いうたら12月31日のことを大晦日[おおみそか]いうじゃろう。
年の最後の夜のことよの。山伏いうて分かるかいの?
圭ちゃん
水戸黄門で見たことあるけえ、分かるよ。
おじいちゃん
昔は、弥山にも山伏が修行によう来よった。
ほうじゃ今は大聖院やら大願寺の火渡り式に来よってよの。
見たことあろうがいの。
圭ちゃん
うん。ある。ある。ほら貝を吹いて人らよね。
おじいちゃん
うん。そうじゃ。話しを戻すで。
昔、山伏[やまぶし]が大晦日に手に手に松明[たいまつ]を持って弥山から走り下りてきて、町の中を走り抜けたそうな。火の粉がいっぱい飛び散ってから、そこらじゅう火の粉だらけにしたんじゃが、どっこにも火がつかんで火事にならんかったそうな。
ほいでその松明の残り火をもろうて、正月の煮炊きの火につこうて、燃え残りを竈の神さんにお供えしといたら火事除けのお守りになるいうて、ありがたいことなんじゃ。
これが今大晦日にしよる鎮火祭[ちんかさい]いうお祭りなんよ。
圭ちゃん
ふ〜ん。
まだある?
おじいちゃん
あるでぇ〜。
ほいじゃ長ごうなってもなんじゃけぇ。きょうの最後の話しをしたろうか。
宮うつし貝」いうての、大鳥居があるじゃろう。あの根本に白い貝がおっての。その貝殻の表に鳥居や神社の模様がはいっとるそうな。ほいじゃが、わしも見たこたない。
初めに藝藩通志[げいはんつうし]を言うたよのぉ、その中に「宮写貝」いうて紹介されとっての、「拾い得る者、甚[はなは]だ珍[ちん]とす。島、第一の奇品なり。」いうて書いてあるけぇ。
ほんまにあったんじゃろうが、海が汚れてしもうておらんようになったんかのう?
圭ちゃんが大きうなって、一人前になって、結婚して、子どもができたときに大鳥居の下に子どもを連れてって、捜してみたら案外おるかもしれんのう。
圭ちゃん
おじいちゃん、ありがとう。
難しいのもあったけど忘れんようにするけえ。またなんか教えてぇね。