
毎年、8月17日・18日の両日、19:30から嚴島神社参道途中の御笠浜にて催されます。
元来は、編み笠をかぶり面体を隠し、黒紋付きを着用して踊るのが正装としますが、現在では服装は自由です。
踊り方はきわめて単調で足は3歩進み1歩戻るだけ、手は左右交互に上下させるという簡単なものです。古い形ほど簡素ですから、宮島の踊りは時代的には旧を伝えるものです。
由来(広島弁ヴァージョン)

今から500年くらい前のことでがんひょう。
瀬戸内海の東の方の島に住む海賊がおりましたげな。
この強い乱暴者が、ある年宮島参詣に大勢でやってきてな、舞楽を見て悪口を言いよりました。ほしてから船に乗って悪いことばかりしとりますけん、こういう品のいい舞は気にいらんかったんでひょう。
ところがこの連中が帰る途中、嵐におうて船がひっくり返ってみんな死んでしもうたげな。悪いやつは皆逆恨みしますけえ、その魂が、わしらがこうなったのは宮島の奴らの仕業じゃ言うての、風を吹かせたり波を立たせたりいろんな祟りをしましたげな。
それで宮島のものあ、盆踊りをしてその魂を鎮めたそうな、その後は祟りをせんようになったというこってがんす。

宮島における餅搗きは、もっぱら正月を祝うための餅搗きです。
現在、餅搗きを見られるのは、12月24日の岩村家(旅館岩惣)と毎年10月15日の氏神祭のとき、北之町(5区参和会)で行われる餅搗きです。
宮島の餅搗きは、「捏[こ]ね」「搗き」の2度搗きに特徴があります。2度搗きの特徴は、「捏ね」で、4人が小振りな杵を持ち、臼を取り囲み、捏ね唄を唄いながら煉り廻します。
煉り唄は、一人が唄い始め、他の三人が合唱して後に続いて唄います。
「搗き」に入ると、4人が交互に早いスピ−ドで搗きます。
搗き歌は、煉りよりテンポが速く、搗き手の動作に合わせて唄われ、また三味線もあわせて急テンポで奏します。
捏ね唄
|
めでためでたの この餅搗きは(え− この餅搗きは)
末は(鶴亀 五葉の松)
※(え−えんしょ えんしょ えんしょ えんしょ
え−んしょお−とね− は−やっさいやっさ)
鶴が舞いますこの家の棟で
※この家の棟で
おいへ
※繁昌と舞い遊ぶ
※(え−えんしょ えんしょ えんしょ えんしょ
え−んしょお−とね− は−やっさいやっさ)
|
以下次々と唄われる
|
めでためでたが三つ重なりて
末は鶴亀五葉の松
安芸の宮島廻れば七里
浦は七浦七恵比須
島と名がつきゃどどの島も可愛い
わけて島田はなお可愛い
お前百までおれゃ九十九まで
ともに白髪の生えるまで
めでためでたのこの餅搗きは
末は鶴亀五葉の松 |
 |
搗き唄
|
揃た揃いましたえ えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
杵が四丁揃た(稲の出穂よりゃ なおよく揃うた しょんがえ)
揃た揃いましたえ えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
若い衆が揃た(稲の出穂よりゃ なおよく揃うた しょんがえ)
これのおせどにゃえ− えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
茗荷と蕗と(茗荷めでたや 蕗繁昌 しょんがえ)
娘島田にゃえ− えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
蝶々が止まる(止まるはずだよ 花じゃもの しょんがえ−)
船は大黒丸え− えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
船頭は恵比寿(中のお客は 福の神 しょんがえ−)
これがこの家のえ− えんやえんやえっへんよ(は−よいなよいな)
納めの臼よ(臼に神楽を あげまする しょんがえ−) |